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地球への特攻機に関して、月の本国セレーネでデータの採取が行われていないというのであれば、進化したのは兵器や技術の類だけであって、人そのもののやっていることはニ世紀半も前の戦争のバカボム、「カミカゼ」というやつと、全く変わっていないということになる。
僕がコクピットでこういったことを一人喋るのは、そうでなくて欲しいという願望が、そうさせている。戦闘データの中には、パイロットの心理状態を見る項目も、当然含まれている筈であるから、音声も記録の一部として資料化されるだろう。この音声データを、僕が死地へ赴く前の最後の記録としたい。
人類は、月を住処とする所まで飛躍することはできたが、闘争というしがらみからは、抜け出せずにいた。寧ろその被害は、兵器の発達によって増加する一方である。殊第一次月戦争においては、人は母なる大地(月市民の僕には馴染みの無い言葉ではあるが)の殆どを、生物が住めなくなるレベルにまでに破壊し尽した。
が、その脅威によって地球圏の勢力がゾードム帝国として統一されたのは、皮肉としか言いようがない。それはかつてどんな主義者達もが、一度は思い描いてきた理想だったのだから。
現実には、ずたずたにされた各々が凍えた身を寄せ合って一つになった、それだけの成り行なのだろうが…。国家統一などという形振りを構わないような事でもやらなければ、セレーネに対抗する手段が無かったのだとも言い換えれる。
それが西暦二二〇一年、半世紀程前の話だ。
双方の星にいずれ歴史の教科書でも作る余裕ができたなら、確実に記されるべき事柄だろう。…この戦争の始まりのことも。人が虚空に地球を眺めながら月で子を産み、育て、死んでいくことができるようになってから二度目の、忌まわしい歴史として。
……「カミカゼ」の時分には、特攻隊に志願した男達は国の為、誇らしい気持ちを持って作戦に挑んだという。今は無い、アメリカという国から、その無謀な作戦を、文字通りの「バカボム」と揶揄されようとも。
時代は変わった。今は、どうなのだろう。西暦二二四五年の、一二月のことだ。西暦の起源となった神様のいた聖地など、とっくに焦土となってしまったような、遠い日の話だ。
僕は法外な恩賞が目当てでこの作戦に参加した。なけなしの愛国心だけでは、ここまでのリアクションを起すことはできなかっただろう。
僕は今、「アインハンダー」と呼ばれる一つ腕を生やした、モンスターのような造形の戦闘機に乗って、その「母なる大地」に向かっている。僕にその記憶は無くとも、僕のご先祖様が、確かにその大地に足を付けていたであろう、僕達の遠い故郷だ。
最初に兵器や技術の類は進化した、といったが、それは「バカボム」についても同じことが言える。二年前の一二月、奪回軍特別攻撃隊と名付けられた三機編成の部隊が、地球で一個機甲師団を壊滅させた。あれがカミカゼに使われた戦闘機「桜花」そのままでは、決してこうはいかなかっただろう。
が、その意味は、パイロットの安全を底上げするものではない。寧ろ人を一つの部品と見立て、破壊の最大効率を求めるに到った。こちらが一を失う代わりに、相手にどれだけ一〇〇か、一〇〇〇かの打撃を与えることができるのか、という追求である。そして一〇〇〇の打撃を与えても、パイロットには次の一〇〇〇を奪う為の作業が待っているだけだ。
そして手作業を廃した技術の進歩と戦場空間の大きな変動はまた、例えば整備不良の「桜花」が戦場へ飛んで行く前に着水してパイロットを命拾いをさせる、ということも無くした。それは地球と月を行き来する内に航空技術が二世紀半前とは比べ物にならない位に安定したからでもあるし、機体の装甲を隔てた先が宇宙空間という、人を確実に即死させる、恐るべき真空の世界であるからだ。
こういったことを口に出してしまうと、益々、自分が死にに行くのだと、実感する。ゾードム帝国では我々が搭乗するこの機体を、月からやってくる死神だなんて言うらしいが、こちらにしてみれば薬莢付きの棺桶だ。
結局どちらにしてみても、「アインハンダー」というやつは死と破壊を運んでくるくそ忌々しい兵器に違いは無い、ということだ。
 
2245年11月 奪回軍、帝国殲滅作戦『オペレーション・ジャッジメント』を発動。
2245年12月 奪回軍、帝国殲滅作戦『オペレーション・ジャッジメント』の陽動のため、特別攻撃隊アインハンダー)を地球に降下。
presented by Einhander