放課後自殺倶楽部

放課後自殺倶楽部というのは、あらゆる部活の幽霊部員が一つの教室に集まって楽な死に方を考えるという秘密倶楽部だった。
先生にはオタクの集まりが放課後に教室で漫画かアニメの話でもしているのだろう、位の認識しか無く、椅子を円形に囲んで話し合う私達の姿を見ても、いつも「早く帰れよ」位しか言うことはなかった。
ひっそりとしたこの倶楽部はその為か、発足してから殆どの人に気付かれないまま既に五年目だという。
物騒な名前に反して、結構馬鹿な倶楽部だったと思う。別に思い詰めていて今すぐにでも死にたいような奴なんて部内には一人もいなかったし、どちらかといえば暇潰しの想像で、「絶対に見付からない死体の隠し方」とか、「完全犯罪のやり方」とか、ああいった下らない空想遊びの延長上にこの倶楽部は位置しているようだった。
グラウンドでこの日も運動部の掛け声とか、サッカーボールが蹴られて跳ね上がる音が窓越しに響いてくる中で、放課後自殺倶楽部の部活が始まった。
誰が決めたわけでもないルールがあって、誰でもいい、見回りの先生が一度私達に声をかけてから、その話し合いは始まる。
こっくりさんでもやる気なの?懐かしいわね。早く帰らないと駄目よ」今日は女性の英語教師にそう声をかけられた。実際に「こっくりさんで霊に取り憑かれて我を失っている間に死んじゃったら、楽なんじゃない?」なんていったことを話し合った日もあった。
円を囲んだ椅子の上で、みんな前屈みに身を乗り出していた。話し合う内容がやましいことであるという認識が、自然とみんなの声量をひそひそ声にまで落としていたから、ずいっと耳を近付けなければ全員の声を聞くことなどできないのだ。
大抵は一日一死。誰かが考えてきた自殺の仕方が楽かどうか、それを話し合う。話すだけ話したら、さっさと椅子を戻して帰る。部活動はそれで全部だ。
今日は拳銃自殺についてだった。当然学生の私達にそれ程深い知識があるわけでもなく、似たような話題が前にもあることは、稀ではない。それでも、その時の気分で話が違う展開を見せたりするのは、楽しくもあった。
「映画でよくあるじゃない?こめかみに銃を…」「即死するのなら、痛いのは一瞬だけの筈よね」「でも一瞬はとても痛いんじゃない?」「痛いと思った頃には死んじゃってるよ」「でも銃なんてどうやって手に入れるの?」「さあ…?」
『通学路にある○○ビルの三階、ヤクザの事務所って噂だから、あるかもよ。盗んでみればいいんじゃない』
その声は輪の外から聞こえた。図書室から借りた本を読みふけっていた部長(一応、いるのだ)が、こちらを向く格好で机に頬杖をつき、にこにこしている。部長はこの部を発足した人でもある。部長はこの学校に入りたての頃体が弱かったらしく、その都合で二年余分に学校で過ごすことになったらしい。今は三年生だ。
「嫌ですよ、部長。その時点で全然楽な死に方じゃあないですもん」「アハハ。本当、そうだわ」
部長はそのままの姿勢でにこにこしていた。
そんな会話が一時間も続いて、帰り支度が始まった。学年もクラスもばらばらな辺りは、本当の部活のようだった。
『本当に楽な死に方、教えてあげようか』
部員の六人が、まだ同じ帰り道を歩いていた頃、ふいに部長が言った。
「部長、まだ部活の気分だわ」「アハハ」
部長はにこにこしていた。
暫くして別れ道になり、私達と部長のグループは半々に分かれてそれぞれの家路に着いた。
 
翌日に教室で「放課後自殺倶楽部」の部員二名が首を吊った。
テレビニュースで見たような黄色いテープが教室の引き戸を塞ぐように無数に伸びていて、その前を警官が両手を広げ、通せんぼしている。それを囲むように生徒が野次馬になっていて、遅くに登校した私は人の群れより数歩離れた所で立ち尽くしていた。
自殺した二人は昨日の帰り道、半々で分かれた内の、部長のグループの二人だった。
警官の声がして、ビニールシートをかぶせた担架を担いだ警官が、人垣を割って出て行った。悲鳴の中から「クセェ」という声が聞こえた。その担架が私の横を通り過ぎる時、私にも、糞尿の臭いがしたのがわかった。
『本当に死んじゃったのねえ』
部長がいつの間にか私の隣にいた。笑顔は無く、流石に呆れたといった声色だった。
「あの…」『なあに?』「楽な死に方って…」『ああ、本で読んだことをそのまま言っただけなのだけどね、結局の所首吊りが、一番楽なんですって。あれは縄に自分の体重がかかった瞬間、頭に血が行かなくなることによって意識を失うのだそうよ後はそのまま…ね』「そうなんですか…」『うん、そうなんだって。でも、あの格好で全身の力が抜けてしまうから、垂れ流しだそうよ』
部長は終始優しく言った。
「垂れ流し…ですか」
私は少し考えて、
「私は、痛くなくても、今の所死にたくはないんですけれども…」
部長はうんうんと頷いて
『そうよねえ。嫌よねえ』
近所に事件の多い所に住んでいる主婦が、世間話の時に使うような相槌を言った。